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ロングインタビュー

参議院議員 三原じゅん子さん

【第2章】

三原さんの病気の経過を聞かせてもらえませんか。


「子宮頸がんは、検診とワクチン接種で予防することができます」

三原さんの立候補と当選によって知られることになった、子宮頸がんという病気。それは、三原さんの病気についても明らかにすることでもありました。この章では、私達が知っておくべき知識も交えながら三原さんに直接、その体験を話していただきます。

「人間ドックで見つかりました」

「いつ頃からでしょうか、30歳になった頃からだったと思いますが、3年に一度ぐらいの間隔で人間ドックの検査を受けるようになりました。そして40歳を過ぎると、オプションの子宮がん検診についても、そろそろきちんと受けておかなければいけないと思うようになり、2007年の検査で初めて、子宮頸がんと子宮体がんの検査をしました。担当医から、この二つの検査結果については、追って電話で連絡をすると言われました。そのほかの検査はすべて、その場で問題なしの結果を報告されました。

それから1週間程後に電話があり、『大至急再検査をしなさい』と言われました。みなさんそうだと思いますが、人間ドックや検診というのは、大丈夫ですという結果を期待して受けているようなものです。ですから、まさか再検査の必要があるとは思ってはいません。正直、とてもショックでした。

女性特有の病気であるということも、やはりイヤな気分でした。『がんなのですか?』と聞き返すと、『それは分からないから、とにかく再検査を受けるように』という返答でした。すぐに再検査を受け、結果を待つことにしました。その時は、自覚症状はまったくありませんでした。あとから知ったことですが、出血の症状があらわれた場合は、ステージ3、4の状態で相当進行している状態である可能性が高いようです。

「検査をするたびに、症状が進行」

「再検査の結果は、"高度異形成"でした。細胞が変形しているけれど、まだがん化はしていない状態ということです。そこで、もう少し詳しく調べることになって、1週間後ぐらいでしょうか。次の再検査に行ったら、今度は、上皮内がん。いわゆるステージ0になっていたのですから、ものすごく早く進行していたことになります。上皮内がんとわかった時点で、"円錐切除"という検査手術をしました。たいていの場合は、この段階で完治し、がんではなくなります。だから、検診による早期発見が大事なのですが、私の場合は、切除したがんを調べたら湿潤していて、ステージ1-Bの腺がんだとわかりました。

検査を重ねていき、病院に行くたびに悪くなっていました。ちょうどその頃離婚をした後でしたから、どうしてこんなに悪いことばかり続くのだろうと思いました。とにかく次の仕事をクリアしよう、仕事があったから乗り越えていく決意ができました。

子宮頸がんの中でも、最もタチの悪いと言われるのが腺がんです。腺がんは、検査で見つかりにくい性質を持っていますから、見つかっただけでも幸運だとドクターに言われました。腺がんはあちらこちらに飛びやすい性質もあります。別の部位も疑うべきとか、そこまでではないとか、やっかいなことに、細胞の状態の判断も治療法も、ドクターによって違います。当然、患者としても決断がとても難しいのです。そこで、セカンドオピニオンを聞きに、2か所の病院で診てもらうことにしました。診断はいずれも同じ、腺がんでした。違っていたのは、手術によってどこまで切除をするのか、ということだけでした。

子宮全摘出はやむを得ないとして、今後の再発に対処するためには、卵巣もリンパ節も切除したほうがいいというドクターがほとんどでした。確かに、切除すれば再発のリスクを減らすことはできますが、リンパ節まで切除すればリンパ浮腫などの後遺症がひどくなります。その頃には、私もいろいろ調べたり、同じ病気の方からお話しを聞いていましたから、慎重に考えなければと思いました。

私は、15年前に卵管のう腫の手術を受け、卵巣がひとつしかありません。残った一方の卵巣を執ってしまえば二度と妊娠することはできません。子供が欲しかったのですが、これまでに二度、流産をしています。もう代理出産もできない、そういうことまで考えました。また、リンパ節を切除すれば、後遺症のむくみは相当ひどいものですから、そうなれば女優の仕事はまず無理でしょう。女優を辞めてどうやって生きていくか、私には、その先が考えられません。ここが一番の考えどころでした。

そうしたすべてを受け止めて下さったのが、現在の主治医です。そのドクターは、診断の結果、リンパ節まで切除することはないだろうと、その代わり、経過をまめに診ていきましょうとおっしゃいました。残る決断は、卵巣をどうするかです。最後の最後、手術の日まで決断が下せませんでした。手術の日、卵巣は残そう、とドクターが決断してくださいました。うれしかったですね、とても。手術は7時間。手術が終わるとその日のうちに立ち上がってリハビリを行い、2週間後に入っていた仕事から再開 しました。このときもやっぱり、仕事が私を支えてくれました。

がんを宣告されると同時に、ネットで検索をするなど、病気について一生懸命勉強をします。でも、なかなか難しくて、わからないこともたくさんあります。いちばん頼りになったのは同じ腺がんの体験者でした。主治医となって下さったドクターを紹介してくれたのも、腺がんのサバイバーでした。そのドクターに何もかも話して相談するといいよって。彼女が言うとおり、何もかもお話しできたのはそのドクターひとりで、その他の方にはきつい思いもさせられました。あるドクターは、私のがん細胞などが写ったパソコンの画面を、私には見えないようにする配慮さえありませんでした。それだけならまだしも、画面を見ながら『生きているだけでもありがたく思えば』と言われました。『リンパ節を執らないんだったら、もう知らないよ』とか、『執ってしまわないと再発するよ』などとも言われました。患者はがんと宣告されただけで死を考えるほどですから、やっぱりそれだけ重いんだと、喪失感、絶望感に襲われます。

サバイバーの方々に聞くと、誰しもそういう経験があって、検査のたびに不安で不安で、何ともいえない嫌な汗をかきます。それでなくてもホルモンバランスがくずれていますから、気分の悪さは言葉にならないものです。それでも、こうして耐えてこられたのは、仕事があったことと、同 じ病気の仲間ができたからです。

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第1章 大きな手術のあと、ひとりベッドにいると、無垢な気持ちに戻れました
第2章 子宮頸がんは、検診とワクチン接種で予防することができます
第3章 苦しんでいるのは、私だけじゃない
第4章 一番影響を受けたのは母
第5章 三原じゅん子さんプロフィール




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