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夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
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  第1章 告知が怖くて、検診から逃げちゃいました。

その4.手術のあと。それは神聖な気持ちでした。

この年は暮も正月もなく過ぎていったそうです。年が明けてすぐに検査が行われます。 手術前に行われたリンパ節生検という検査は、リンパ節へのがんの転移の有無を調べます。のちに左胸の組織も取りだして検査。左右、両方の胸の検査をここで初めて行いました。

この検査結果を待つ間が、園さんにとってがんの恐怖にさらされた日々。

「いっそのこと末期になってあの世に逝ってしまいたい」などと家族に当たったのが、この頃です。それがどれだけ家族に心配をかけているか。頭でわかっていても、口から出るのは恨みごとばかりだったとか。
しかし検査の結果、左胸は陰性。予定通り、右胸だけの手術になりました。
☆リンパ節生検:乳がんが最初にたどりつくリンパ節(センチネルリンパ節)を摘出して、がんの有無を調べる検査。

早期だったので、乳房温存手術が可能でした。

2008年1月24日 3泊4日の入院
25日 手術  手術は、まな板の上の鯉。

乳房温存手術を受ける朝は、思った以上に落ち着いていてびっくりしたとまりさん。
「これまでは上げ膳据え膳で多くの人に支えられてきた人生でしたが、手術に関しては、自分一人が背負って臨むしかないんですね。
誰も助けてくれる人がいないとわかったときから、気持ちはなんだか静かになりました。
覚悟を決めたとでも言うのでしょうか。居直れちゃった。
怖がりで怖がりで飛行機に乗るのも怖がっていたのに、
いざとなったら、私って強いんだと、初めて自分を知った体験になったのです」

ついてきてくれてまスか~
園まりさんをご存じない若い方には、この、まりさんの気さくで軽いノリの話しかたが すてきなお姉さまという感じで好感を持たれるのでしょうが・・
まりさんの昔を知る人には、このノリは実は仰天ものなのですヨ。
だって、昔は動かないドングリ眼で前だけをヒタと見て歌う・・ってな人。
ご本人、「人形でしたから」とおっしゃいますが、まさにそのとおり。
その人形を知っている人に、このあとの麻酔からの目ざめの一言を読ませてごらんなさい。
お母さん、んにゃ・・おばあちゃんやおじいちゃんにも読ませてみてヨ!

手術は、一時間半。あまり痛みも感じず、麻酔で体調を崩すこともなく、すべてが順調でした。麻酔から覚めたときに、医師からの「手術は順調に行きましたよ」の一言で、麻酔科の先生が「園さんの『逢いたくて逢いたくて』を生で聞きたい」と言っていたのを急に思い出し、園さんはなぜか歌いたい衝動に駆られます。
「でも、 "ここでほんとに歌っちゃったら、バッカみたい"と冷静に理性も働いて、事なきを得ました(笑)」

笑い飛ばして術後を話すまりさんですが、よくよく伺うと、それは、まるで生まれ変わったような神聖な気持ちだったといいます。またこのとき、これまでお世話になった人の顔が次々と浮かび、それぞれへの"ありがとう"という感謝の念でいっぱいになったともいうのです。

「これまでの私は、ずいぶん我儘だったかもしれないなどと反省しきり。こんなことはこれまでにないことです。病気になってがんを引き受けることは、これまでの人生を振り返るチャンスになるのかも知れませんし、もう一度生まれ変われるチャンスになるのかもしれない。ほんとうにそう思いました」

「手術を怖がることはないと、声を大にして言いたい」

「手術が怖いという思いもあるはずです。女性にとって胸にメスを入れるのは女性でなくなってしまうのではないか。コンプレックスになる可能性まで引き起こす深刻な事態と考えがちです。でもそれは大丈夫。偏見にすぎません。術後、麻酔から覚めると、担架からベッドに移るのは"自力で"と促され、ビックリしたほど。それは、最近の医学はこんなにも進歩しているのかと思わされた瞬間でもありました。手術はまったく問題がありませんでしたし、あっという間。手術を怖がることはないと声を大にして言いたいです」

     1月29日 退院
     2月始め 退院し、5日目にウォーキング開始。ホルモン療法開始
     3月始め 放射線治療開始

麻酔から覚めて『逢いたくて逢いたくて』をホントに歌っちゃっていたら・・
想像するだけでも楽しい!

それにしても、まりさん、3泊4日で退院して、5日目にはウォーキングですよ。
担架からベッドへ自力っていうのも、元国民的アイドルとしては、
「ちょっと、扱い、荒くな~い?」ってネ。
でも、これもすべて早期発見だったからでした。運が良かった。
が、しかし・運も引き寄せるものなのかもしれません。
まりさんは、がんになってどんどんと性格を進化させていっています。

この先こそ、がんになって得ることができたまりさんの物語。
60すぎてなお、お元気なまりさんたるお話の始まりです。
なんで、こんなに元気なのか。元気な人にはちゃんと元気になる理由があるンですナ。

このあと、第2章へと続きます。


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第1章 告知が怖くて、検診から逃げちゃいました。
  ●その1.検査結果は、右胸に2センチの腫瘍。
  ●その2.はじまりは、異常"のぼせ"。更年期障害でした。
  ●その3.逃げていた検診を、やっと受診。
  ●その4.手術のあと。それは神聖な気持ちでした。
第2章 怖がりの私が、どうやって試練をこえられたか。
  ●その1.がんの怖さは取り越し苦労。マイナスの想念。
  ●その2.乳がんの治療に伴うリスクとケア。
  ●その3.私がみつけた、運動と健康法。
  ●その4.大事なことは、医師に主張する勇気。
第3章 どうやって自分に負けない気持ちをもつか。
  ●その1.病気には病気の、元気なら元気な人生がある。
  ●その2."3人娘"に告げ、家族に告げ・・・・・・。
  ●その3.「投げない、捨てない、あきらめない」と、つぶやく。
  ●その4.自分の命は自分で守る。だから、定期検診を受けて。
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