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スペシャルストーリー

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
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乳がん一年生
モデル MAIKOさん スペシャルインタビュー (7)
| インデックス |
がんとの本当の闘いは手術後から!
抗がん剤による「脱毛」への恐怖


「がんは取ってしまえば終わり」と思う方が多いかもしれませんが、実はそうではありません。術後に始まる抗がん剤治療が、本当の意味でのがんとの闘いの始まりといえます。私の場合も、術後1ヵ月半ほどして抗がん剤治療が始まりました。
この治療が始まる前は、女性誌でのモデルの仕事も再開していましたし、これまでと変わらない普通の生活を満喫していました。
退院から2週間後、矢形先生にお会いして治療方針を確認し、いよいよ3ヵ月にわたる抗がん剤治療を始めることになりました。私にとってはこの治療が必要な治療だと理解はしていても、やはり「脱毛」の恐怖から逃れることができませんでした。乳がんの母がやはり抗がん剤治療で頭髪が抜け落ちていたのを目の当たりにしていましたから、その恐怖はぬぐい切れるものではありませんでした。矢形先生には何度もほかの治療法はないのかと食い下がりました。しかし当然、結果は「NO」でした。

抗がん剤の影響で髪が抜け始めたとき、思い切って髪の毛を剃ってしまったMAIKOさん。術後1年たってビキニクリニック編集部が取材したときは、その髪も伸びてベリーショートに。
術後のモデル撮影ではウイッグをつけたそうですが、今ではこのベリーショートでカメラの前に立ちます。
これまでとは違った表情を醸し出していると、周囲からは好評だそうです。

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(1) 39歳のとき左乳房にしこりを発見! 母は乳がんで今も闘病中・・・
(2) 乳がん宣告に続き衝撃の「全摘出」宣告! 頭の中が真っ白に・・・
(3) セカンドオピニオンでも乳房の「全摘出」診断! 絶望的に
(4) 3番目の病院でやっと安心。自分の体を預けられるドクターと出会う
(5) 乳房を失うショックを救ってくれたのは"がん友"
(6) 「全摘出手術」が一転して「乳房温存」へ。手術も2時間で終了
(7) がんとの本当の闘いは手術後から! 抗がん剤による「脱毛」への恐怖
(8) 最初はパラパラ、次第にごっそりと抜ける髪の毛! しかし掃除も楽しくなり・・・?!
(9) 乳がんになっても生活は変わらない。無理せずできることを楽しみたい
(10) 変わったのは、私自身の考え方。空を見ても感激するようになった
MAIKOさんプロフィール




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