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スペシャルストーリー

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
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乳がん一年生
モデル MAIKOさん スペシャルインタビュー (5)
| インデックス |
乳房を失うショックを
救ってくれたのは"がん友"


とはいえ、さまざまな検査の結果、矢形先生から告げられた診断も「全摘出の可能性が高い」というものでした。サードオピニオンまで求めたのに変わることがない結果に、私は泣いてしまいました。乳房という自分の一部を失うことに絶望を感じたのです。
そんな私を救ってくれたのが、「がん友(友だち)」でした。がん友は主にブログを通じて知り合ったがん経験者の方たちですが、がん友さんとのさまざまな交流が力になり励まされました。美容ジャーナリストの山崎多賀子さんをはじめ、多くの先輩たちの体験談は具体的で、とても参考になりました。とくに山崎さんには、乳房を全摘出するとなったときに先生にうかがうポイントなどを的確にアドバイスしていただきました。私もそれを参考に、項目別に質問事項を書いたメモを準備しました。
そして、最終的な検査結果と治療方針を聞く日。診察室の前で待つ私はさすがに体が震えました。やがて、名前が呼ばれ診察室に入っていくと、笑顔の矢形先生がいらっしゃいました。ここまで来たら、もう覚悟はできています。どんな結果も受け入れよう、そんな気持ちでした。


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(1) 39歳のとき左乳房にしこりを発見! 母は乳がんで今も闘病中・・・
(2) 乳がん宣告に続き衝撃の「全摘出」宣告! 頭の中が真っ白に・・・
(3) セカンドオピニオンでも乳房の「全摘出」診断! 絶望的に
(4) 3番目の病院でやっと安心。自分の体を預けられるドクターと出会う
(5) 乳房を失うショックを救ってくれたのは"がん友"
(6) 「全摘出手術」が一転して「乳房温存」へ。手術も2時間で終了
(7) がんとの本当の闘いは手術後から! 抗がん剤による「脱毛」への恐怖
(8) 最初はパラパラ、次第にごっそりと抜ける髪の毛! しかし掃除も楽しくなり・・・?!
(9) 乳がんになっても生活は変わらない。無理せずできることを楽しみたい
(10) 変わったのは、私自身の考え方。空を見ても感激するようになった
MAIKOさんプロフィール




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