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スペシャルストーリー

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
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乳がん一年生
モデル MAIKOさん スペシャルインタビュー (4)
| インデックス |
3番目の病院でやっと安心。
自分の体を預けられるドクターと出会う


2009年の1月に、前の病院で受けた検査のデータを持って聖路加国際病院を訪ねました。ここでも結局、「マンモグラフィー」「CT」「MRI」「針生検」「センチネルリンパ節生検」*といったすべての検査をやり直すことになりました。
個人差はあると思いますが、私の場合、検査は苦痛を伴うものでしたので、「えっ、また最初からやるの?」と正直暗い気分になりました。それでも、とても細かく調べてくださり、ありがたいことだと思っています。
検査のためにベッドに横になっていたとき、主治医となる矢形寛先生が来てくださいました。矢形先生は、ニコニコとやさしい笑顔を見せながら「大丈夫ですよ」と言ってくださいました。そのサラッとした軽い口調と笑顔に、言いようもない安心感を抱きました。それまでの病院で感じた事務的な印象も、威圧的な雰囲気もまったくなくて、とにかく温かみがあったんです。いっぺんに先生に対する全幅の信頼が生まれました。この病院では、矢形先生以外にも何人かの先生にお会いしましたが、みなさん同じようにとてもやさしい方ばかりでした。
たとえ、告げられる結果は同じだとしても、自分が心から信頼できる先生の言葉なら、受け止め方は違ってくるかもしれませんよね。

*センチネルリンパ節生検・・・センチネルリンパ節とは、乳がんのがん細胞がリンパ液にのって最初に到達するリンパ節。乳がん細胞のほとんどはセンチネルリンパ節を経由して、他のわきの下のリンパ節に転移する。センチネルリンパ節生検はここにがん細胞があるかどうかを調べるもの。


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(1) 39歳のとき左乳房にしこりを発見! 母は乳がんで今も闘病中・・・
(2) 乳がん宣告に続き衝撃の「全摘出」宣告! 頭の中が真っ白に・・・
(3) セカンドオピニオンでも乳房の「全摘出」診断! 絶望的に
(4) 3番目の病院でやっと安心。自分の体を預けられるドクターと出会う
(5) 乳房を失うショックを救ってくれたのは"がん友"
(6) 「全摘出手術」が一転して「乳房温存」へ。手術も2時間で終了
(7) がんとの本当の闘いは手術後から! 抗がん剤による「脱毛」への恐怖
(8) 最初はパラパラ、次第にごっそりと抜ける髪の毛! しかし掃除も楽しくなり・・・?!
(9) 乳がんになっても生活は変わらない。無理せずできることを楽しみたい
(10) 変わったのは、私自身の考え方。空を見ても感激するようになった
MAIKOさんプロフィール




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