女性のこころとからだの「悩み解決」サイト ビキニクリニック もしもガンになったら

サイト内検索 powered by Google 

ビキニクリニックとは 気になるうわさ 気になる病気 キレイをつくる あの人の生き方 みんなの本音 医学・健康用語

スペシャルストーリー

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
-->
国産丸ごとストレート果汁
今なら1リットル2本組み1800円送料無料


乳がん一年生
モデル MAIKOさん スペシャルインタビュー (3)
| インデックス |
セカンドオピニオンでも
乳房の「全摘出」診断!絶望的に


全摘出を宣告された1週間後、私は2番目の病院で、改めて「触診」「マンモグラフィー」「CT」「MRI」「PET検査」*などの検査を受けました。心のどこかに「別の結果が出てほしい」という気持ちもありましたが、現実は厳しく、こちらの先生からも前回と同じように全摘出をした上で抗がん剤治療をすることをすすめられました。
「もうモデルは無理かもしれない」と思いました。乳がんの母が抗がん剤治療を受けて毛が抜けていたのを見ていましたし、乳房を全摘出してしまったらモデルとして着られる洋服だって制限されるでしょう。
それでも、2つの病院で下された診断ですから、受け止めないわけにはいきません。
そんななか、夫と離婚したあともいい関係を続けている元義母のお知り合いから、さらにサードオピニオンを受けてみたらどうかと、3番目の病院を紹介していただきました。それが、聖路加国際病院でした。


*PET(ポジトロン・エミッション・トポロジー)検査・・・がん細胞は増殖するために多くのブドウ糖を必要とする。その性質を利用し、FDGというブドウ糖に似た物質を注射して、FDGが集まったところを撮影する検査。一度に全身が投影できるので、がんの転移を調べるのに有用とされているが、画像が鮮明でないので正確な位置がわからないこともある。

MAIKOさんは、20代前半で出会った男性と1年間の交際を経て結婚。彼が仕事の拠点にしていたニューヨークに移り、そこで長男を出産、モデルとしても活動をはじめます。
しかし、息子さんが3歳になるころ、教育などのことを考えて帰国。その数年後、離婚。しかしその後も、男性ともその母親とも良好な関係が続き、現在も闘病のサポートをしてくださっているそうです。

前のページへ 次のページへ






(1) 39歳のとき左乳房にしこりを発見! 母は乳がんで今も闘病中・・・
(2) 乳がん宣告に続き衝撃の「全摘出」宣告! 頭の中が真っ白に・・・
(3) セカンドオピニオンでも乳房の「全摘出」診断! 絶望的に
(4) 3番目の病院でやっと安心。自分の体を預けられるドクターと出会う
(5) 乳房を失うショックを救ってくれたのは"がん友"
(6) 「全摘出手術」が一転して「乳房温存」へ。手術も2時間で終了
(7) がんとの本当の闘いは手術後から! 抗がん剤による「脱毛」への恐怖
(8) 最初はパラパラ、次第にごっそりと抜ける髪の毛! しかし掃除も楽しくなり・・・?!
(9) 乳がんになっても生活は変わらない。無理せずできることを楽しみたい
(10) 変わったのは、私自身の考え方。空を見ても感激するようになった
MAIKOさんプロフィール




コンテンツのご感想・ご意見はこちらから コンテンツ内容へのご質問はこちらから












前のページへ戻る このページの上部へ

| 会社概要 | プライバシーポリシー | 広告に関するお問い合わせ | その他のお問い合わせ | サイトマップ | 関連リンク |
Copyright (c) IKIIKINET Corp. All Rights Reserved.