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スペシャルストーリー

























夭折のヴィーナス


歌手
本田美奈子.さん

「生きるために生きる」壮絶な闘いを経て…
ロックシンガー
川村カオリさん

「乳がんと闘って、そして残したもの」

私もがんに
なりました


参議院議員
三原じゅん子さん

「病気になって無垢な気持ちになりました」
歌手
園まりさん

「投げない、捨てない、あきらめない」
モデル
MAIKOさん

「乳がん一年生」

名医に聞く


慶應義塾大学医学部産婦人科教授
青木大輔先生

【子宮頸がん】
昭和大学医学部乳腺外科教授 昭和大学病院ブレストセンター長
中村清吾先生

【乳がん】

私の生き方


エッセイスト
桐島ノエルさん

「自分を変えた、ヨガ、アロマ、瞑想」
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【introduction】
33歳で母親と同じ乳がんを発症。左乳房の全切除を決断

2009年7月28日、38歳という若さで天国へと旅立った川村カオリさん。
ロックシンガー、モデル、ファッションブランドのプロデューサー、そしてシングルマザーとさまざまな顔を持ち、そのすべてのフィールドを全力で駆け抜けた川村さん。その命を奪ったのは、かねてから患ってきた乳がんでした。
2004年、33歳のときに、何げなく触った左胸にしこりを見つけ病院を受診、初期の乳がんと診断されたのです。医師から病名を告げられたとき、川村さんは最愛の母を乳がんで亡くしているにもかかわらず、「早期だし、医学も進歩してるだろうし、どうにかなるでしょと思っていた」(著書『Helter Skelter』より)といいます。
すぐに摘出手術を行いました。しかし、その後検査を繰り返すうち、がんが左胸いっぱいに広がっていることが判明、左胸を全摘出することに。女性が胸を切除しなければならないという、その喪失感の大きさは想像に難くありません。が、川村さんは「生きることが最優先」だと考え決断。胸を全摘出したことで、ひとまず「がんの転移」という不安要素を取り除き、医師の勧めにより抗がん剤治療を敢行することも決めます。
しかし、手術後も続く検査の負担、再発や転移の不安など、一度発症してしまうと長く付き合っていかなければならないのが、がんなのです。






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